ロシアの蛍石
ロシアの蛍石が神秘のベール脱いだのは旧ソ連時代、1988年のミュンヘンショー。 ゴルバチョフ政権下で進められたグラスノスチに伴って、ロシアからの標本が西側諸国のコレクターの前に現れたのです。 そして1991年のソ連崩壊による混乱とともに、大量の良質な標本が旧ソ連構成国から鉱物市場へと運び込まれてきたといいます。(ただベルリンの壁崩壊以降に生まれた世代としては、その当時の状況を先人たちの記載から推し量ることしかできませんが) 同時に1980年代末から旧ソ連構成国であるカザフスタンやキルギスタンの蛍石も出回り始めたわけですが、このページではあくまでロシア連邦の蛍石を扱うこととします。
ロシアの蛍石というとDal'negorskの蛍石が圧倒的に有名であり、幾つもの博物館級の標本を産出する産地です。 Dal'negorskの鉱山の歴史は1872年に中国人によって発見されたことに始まります。1887年にはロシア人がDal'negorsk最初の鉱山であるVerchiny鉱山の権利を購入しています。1910年には日本海へと向かう鉄道が完成し、アメリカやオランダ、ドイツへ銅、鉛、亜鉛などを輸出していたとあります。 ソ連成立後はイギリスの会社が鉱山の権利購入するも、数年で追放されるなどの変遷をへて、1945年以降の調査で大理石だと思われていた崖が実はホウ素の鉱石であるダトー石だったと判明し大きな転換を迎えます。それ以降はソ連の主要なホウ素の産地となったのです。 ちなみにDal'negorskとはロシア語で"最果ての鉱山街"という意味だそうで。極東ですものね。
2001年のMR誌を参照する限りでは、Dal'negorskにはBor Pit(Borはホウ素の意), Danburitiy, First Sovietskiy, Second Sovietskiy, Sentyabar'sky, Verchniy, Nikolaevskiy, Sadoviyの8鉱山があげられていますが、Sentyabar'sky(7月の意)以外のいずれでも蛍石は産出しているようです。 ただ市場に出回る産地は限られており、Nikolaevskiy, First Sovietskiy, Second Sovietskiy以外の蛍石標本を見ることはほぼありません。
一方でDal'negorsk以外の蛍石ではKavalerovoの八面体結晶やブリヤート共和国の蛍石などが知られてますが、これらはやはり見かける機会が限られています。 またBikov Mineの青や緑色の綺麗な蛍石の流通が稀に見られるものの、産地としてはあくまで議論の残るものとされる向きが多いです。 |
Nikolaevskiy Mine, Dal'negorsk , Kavalerovo Mining District, Primorskiy Kray, Russia
Miniature Sized
Acquired in Tokyo mineralshow 2014
ロシアの蛍石といえばコレと10人中10人がまず挙げるのではないでしょうか、NYと並んで有名な無色透明の蛍石標本。英語圏なんかでは"Optical"と形容されたり、素晴らしいものだと"Invisible fluorite"なんて称されたり、かっこい。
そしてこの標本においてもとてもクリアな蛍石が散らばっています。無色透明過ぎるので写真で十全に表現することは少なくとも今の私には無理です。というか透明な標本をばっちり写しこむ写真家さんはすごいと思います。
兎も角、これだけ透明な結晶越しに見える母岩や共生した水晶を楽しむ盆栽的な物とも言えるでしょう。結晶の形は六面体+12面体で、12面体の部分はスリガラス状になっています。
入手した際はDal'negorskとだけ記載されたラベルで売っていましたが、話しを詳しく聞いたところ案の定Nikolaevskiy Mineだとのこと。というかニコラエフスキー鉱山、発音しにくいですよね。
そしてDal'negorskの蛍石、鉱山名を記載せずにDal'negorskとだけ表記して流通していることがしばしば。産地を気にするであろうコレクター諸氏に憑いて回る由由しき問題ですね。
なおNikolaevskiy鉱山は1982年から稼働する比較的新しい鉱山です。2016年現在も現役の鉱山のようで、ミネラルショーでは毎回と言っていいほどどこかで見かけるのではないでしょうか。
(2017/10/16 編)
Nikolaevskiy Mine, Dal'negorsk , Kavalerovo Mining District, Primorskiy Kray, Russia
Miniature Sized
Photo by Kiyoshi Kiikuni
完璧に無色透明な蛍石と茶色い母岩の組み合わせ、それはそれ自体でよいものなのですが、この標本の本質はそこではありません。
かつての蛍石の姿を浮かび上がらせるファントムが二重に見える、そこなんです。
Ghost in the Fluoriteってとこでしょうか。
1994年のMineralogical record Vol. 25, No. 2の表紙としてこのタイプの標本が掲載されていたりするんですが、このタイプのNikolaevskiyの蛍石ってまったくなくて、その表紙に掲載された標本を含めて3個ぐらいしか、私はみたことないかなぁ…と。
端正な綺麗さと、レアリティの両方を表現するために、これも鉱物写真家の氏に撮影を依頼したのでした。
(2018/7/1)
-268m Level, Nikolaevskiy Mine, Dal'negorsk , Kavalerovo, Primorskiy Kray, Russia
Thumbnail Sized
Ex. Martin Jensen Collection
たしか菱鉄鉱によって茶に色づいた水晶を、消え入りそうなほどに透き通った蛍石が覆う幻想的な標本。
こういった神秘的なまでの美が、前述のとおり1990年頃から西側諸国でも徐々に知られるようになり、そのコレクターを唸らせたのは想像に難くありませんよね。
この標本もまた、ソ連崩壊間もない1990年代中盤に、アメリカ人の著名なサムネイルコレクターがロシア人コレクターから入手したものです。入手からすでに四半世紀経過しており、コレクターも世代交代をするタイミングがいつかは来るであろうことにもまた、思いをはせます。
(2021/4/1)
1st Sovietskiy Mine, Dal'negorsk, Kavalerovo Mining District, Primorskiy Kray, Russia
60mm×34mm×30mm
Dal'negorskの蛍石として無色透明の次に上がってくるでしょう、黄緑色の八面体結晶のサンプル。
薄い水晶でできたプレートの上にモコモコふわふわとした緑色が散らばっています。地形みたいな印象も受けますね。どちらかというと渋い、、ほうなのでしょうか。
First Sovietskiy鉱山は緑色をした八面体の蛍石で知られる産地ですが1934年から1965年頃まで稼働していたとされます。あくまで旧ソ連時代に終わりを迎えた鉱山ではありますが、2000年前後には依然現地のコレクターやディーラから容易に入手できたようです。
この標本はディーラーが直接鉱夫から買い付けたと言っていましたが、本当かどうかは闇の中。
ただ東欧系のディーラだったため、冷戦構造の崩壊以前からDal'negorskにアクセスできたという可能性もあるのでしょう。
そしてDal'negorskの蛍石というと綺麗な青色の蛍石が2ndのほうのSovietskiy鉱山ででたりしたはずなのですが、いまだ実物と遭遇したことはなく…いつかは手に取って見てみたいものです。
紫色の2nd Sovietskiyはまだある程度見かけるんですけれどね。
2nd Sovietskiy Mine, Dal'negorsk, Kavalerovo Mining District, Primorskiy Kray, Russia
Miniature Sized
Mined c. 2017
そういえば私、恥ずかしながら2nd Sovietskiy Mineの蛍石を入手したことがなかったな…と、思いたって入手したのがこの標本。しかし金銭を支払ったはよいもの、相手のディーラーがちょっとアレがアレしてアレしてる感じで、なぜか宛名不十分で再送されて諦めの境地に一時追いやられたとかいう。
もの自体は黄銅鉱がぱらついた母岩に、紫色の蛍石が三連星みたいに連なるちょっとカッコイイ標本。正方形のような立方体由来の面が3個並ぶ部分がツボ。
2nd Sovietskiy鉱山もまた1934年から開発された鉱山のようでして、蛍石としては紫やちょっと青みがかった紫が出ることが知られています。でもそれ以上に有名なのが、オレンジに色づいたいわゆる人参水晶や、しっかりピンク色のマンガン方解石です。きれいですよね。
(2018/9/9)
Silenka Mine, Kavalerovo Mining District, Primorskiy Kray, Far-Eastern Region, Russia
Miniature Sized
Ex. Phil Martin Collection
あまり見ることはないでしょう、KavalerovoでもDal'negorskではない蛍石。
そしてブルーグリーン。これが全て。ロシアの青緑色の蛍石と言えばこれでしょう。
ただ写真が難しい標本で、今の自分にはこれが精一杯。スキルのある人ならどう撮影するのか、気になるところです。
Silenka Mineはロシアの蛍石産地としては一応知られた産地です。ただし近年では流通していることをあまり見かけることもなく、なおかつKavalerovoというと八面体のイメージが強いためイマイチ自身が持てないのです。でもちゃんと知られた産地。
(2017/10/1)
Huraiskoye fluorite deposit, Jidinskiy district, Buriatia Republic, Transbaikalia, Eastern-Siberian Region, Russia
Miniature Sized
2015年ミュンヘンショーにて少し話題だったロシア・シベリアの新産蛍石。
ロシア語表記ではХурайское месторождениеというみたいです、ロシア語読めませんが…。
以前からこの産地で蛍石がでることは知っていたのですが、 ロシアから鉱物を輸入するのは非常に手間ですし(英語が通じないことも多いですし)、なにより電子の海に殆ど現れてくれません。
今回ミュンヘンショーにてロシアの業者が一定量持ち込んだため、念願かなって入手することができました。
半透明でブルーバイオレットの結晶と、白いアラゴナイトのコンビネーションが尊い標本です。
八面体式の結晶面が集まっている様は山のような印象をうけます。後ろからライトをあてるとさらに綺麗なものです。
なお、今回流通しているものを含めて、この産地のものは見た限り紫の八面体と白いアラゴナイトとの組み合わせばかりのようです。
調べてみるとロシア連邦・ブリヤート共和国、言ってみれば東シベリアはバイカル湖近傍の産地とのこと。Dal'negorsk以外のロシア産蛍石は入手が困難な現状ですので、それ以外の蛍石を見られるというのは蛍石コレクターとして嬉しいものです。
(2017/8/24 編)
Belorechensk deposit, Maykopsky District, Adygea, Russia
Miniature Size
ロシアの蛍石、それすなわちダリネゴルスクか。あってもその周辺の極東地方でしょうと。
いやいや、蛍石オタクとして、そうは問屋がおろしませんと。
さてここにレモンイエローの蛍石があります。最大でも1㎝を超えない結晶で、重晶石もついているとくれば、これはもうスペイン・アストゥリアス州のMoscona鉱山じゃんかよと。そう思いますよね。私もそう思います。
でもこれロシアの蛍石なんですよ。ロシアがイベリア半島まである時空とかでなく、ほんとに。
黒海とカスピ海に挟まれた山がちな北コーカサス、その中でもロシア連邦を構成するアディゲ共和国にBelorechensk depositは存在しています。1960年~70年代の旧ソ連時代に開発された、ウラン鉱床です。以降多くの良質な鉱物標本も産出したとはありますが、最盛期は半世紀近く前であることに加え、旧東側の産地ですから21世紀に生きる我々にとっては広く認知さているとは言えないでしょう。蛍石コレクターとしても、黄色い蛍石とロゼット状の重晶石の組み合わせは知られてはいるもののの、結構な深層まで両足つっこんで頭まで沈み切った者しか知らんやろって。そういうのでいいんです。
(2021/7/9)